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大阪地方裁判所 昭和53年(モ)5850号 決定

原告

光洋機械産業株式会社

右代表者

奥村政子

右訴訟代理人

藤田良昭

外二名

被告

山本商事株式会社

右代表者清算人

山本晃弘

被告

山本晃弘

被告

株式会社山本鉄工所

右代表者

山本正雄

被告ら訴訟代理人

鈴木則佐

主文

本件を浦和地方裁判所に移送する。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉によれば、原告は昭和四八年六月二三日被告山本商事との間で特約店基本契約を締結し被告山本晃弘は被告山本商事の右契約上の債務を連帯保証する契約をしたが、その契約書の七条には、「本契約に基き生ずる債権債務その他の法律関係については、乙(原告)の住所地を管轄する裁判所を以て管轄裁判所とすることに合意する。」との条項があること、右の契約は原告が条項を作成して印刷した定型的な契約書式に被告山本商事及び被告山本晃弘に記名(署名)押印を求めて締結されたものであることが認められ、原告は本訴請求債権は右契約に基づいて生じたものであると主張しており、原告の主たる事務所は大阪市北区に存することは当裁判所に顕著である。

そこで判断するに、専属的な管轄の合意は、法の認めた管轄の全てを排除する例外的なものであるから、当事者の意思が明白な場合を除いては専属的管轄合意があると認めるべきではないと解される。本件における合意管轄条項は右の通りであつてこの条項では専属的管轄の合意の意思が明白であると解することはできない。

次に、右契約は原告によつて作成印刷された定型的な契約書式に記名押印を求めて締結されたものであるが、このような場合には定型書式作成者は経済的な力も強く実質的には契約条項の決定権を持つているのが通常である。従つて、原告は希望するならばより明確な条項、例えば、「……裁判所のみを以て管轄裁判所とする」又は「……裁判所を以て専属的な管轄裁判所とする」等の条項を用いることができた筈であるのに、そうはしていないのである。そうすると、前記七条の条項をあえて原告に有利に解せねばならないとは考えられない。

もし、原告としては専属的管轄合意が有利であり、その合意を希望していたとしても、そのような希望は契約として表示されない限り合意としての効力が生じないのは言う迄もないところであつて、本件全証拠によるも当事者間に専属的管轄の合意がされたものと認めることはできない(本件のように定型的書式による契約について、しかも契約条項の中では当事者が契約当時には重要視しない付随的な条項である管轄条項については、契約条項の文言を離れて、当事者の個別的な意思を探求することは困難である)。

なお、付加して判断すると、前記〈証拠〉によれば、前記の昭和四八年六月二三日の契約の第三条には、「本契約に基づく取引により甲(被告山本商事)が乙(原告)に支払う金員は、……日限り甲は乙に対し持参又は送金して支払う。但し、甲は乙の承諾をえて……日先満期の手形を、支払のため交付することができる。」との条項があることが認められる。しかし他方、証人小松幸一及び相原正彦の証言によれば、原告の東京都に存する事務所は支店としての登記はされていないが、その事務所には東京支店の名が、その長となる者には東京支店長の役職名が与えられて、事務所には東京支店の看板、表札が掲げられ、従業員は東京支店の名の入つた名刺を用いて仕事をしていること、特約店契約に基づく個々的な売買契約は支店との間で、即ち個々の売買ごとに本店の個別的な指示を求めることなく、締結されていること、売買の商品は支店の倉庫に在庫があればそこより、在庫がなければ大阪の工場より特約店に発送されること、売買代金の請求書は原告の本店より特約店に発送されていたこと、売買代金は特約店が原告の本店に直接持参したり送金したりすることは始んどなく、支店の営業員が特約店を訪ねて特約店の振出した約束手形を受領して支店名の入つた領収書を交付し、原告の本店がこの手形の取立を委任するのが例であつたこと、原告の特約店との交渉は本店の従業員ではなく支店の従業員によつて行われていたこと、原告の被告山本商事との取引も右の例により行われることが予定され、現にそのように行われ、同被告が売買代金又は約束手形を原告の本店に直接持参又は送付したことはなかつたことが認められる。このような事実の下にあつては、右第三条の条項があつたとしても、特約店契約に基づく売買代金債務の履行場所が法律上は原告の主たる事務所の所在地であると解されるのが確実であつたとは言うことはできない(東京高昭和五二年(ラ)第一一二〇号同五三年四月二一日決定、判例時報八九四号一一〇頁参照)。そうすると、原告としては、代金債務履行場所が裁判所において原告の主たる事務所と認められない場合に備え、又はその点の紛争を回避して原告の主たる事務所の所在地の裁判所に裁判管轄があることを認めさせるために、追加的管轄であつても前記第七条のような合意をする利益があつたと言えるから、前記第三条の条項のあることは第七条を追加的合意管轄の定めと解することの妨げとなるものではない。

以上のように、前記第七条の管轄合意条項は専属的管轄の合意と解することはできず、そのように解させるに足る証拠も存しないから、右合意は非専属的に原告本店所在地の裁判所を管轄裁判所とする合意と解すべきである(札幌高昭和四四年(ラ)第三五号、同四五年四月二〇日決定、下民集二一巻四号五九六頁、札幌高昭和四四年(ラ)第三八号、同四五年五月一一日決定、判例時報六一九号六三頁、福岡地昭和四七年(モ)第一一八号、同四七年二月四日決定、下民集二三巻二号五三頁、なお、大阪高昭和三七年(ラ)第六六号、同三七年六月二六日決定、判例時報三〇七号二八頁参照)。

二右一の判断及び当事者間に争いのない被告らの住所又は主たる事務所によれば、当庁は被告山本商事及び被告山本晃弘に対する訴えにつき右一の管轄合意に基づき、被告山本鉄工所に対する訴えにつき民訴法二一条に基づき、浦和地方裁判所は被告らに対する訴えにつき同法一、二、四条に基づき管轄を有することになる。

三そこで、「著キ損害又ハ遅滞ヲ避ケル為」本件を移送する必要があるかについて判断する。

原告と被告らとの間の契約に関する交渉は全て埼玉県又は東京都において行われたことは〈証拠〉により認められ、原被告の申請予定の証人、当事者本人計八名はいずれも埼玉県、東京都に居住又は勤務しているというのである。そうすると、本件を当庁で審理するとすれば、これらの証人、本人に対し当庁への出頭を求めるか、当庁より裁判官、書記官等が出頭するかをせねばならないのであつて、これに多額の費用と時間を要することは明らかであり、当庁によりこれを審理する利益は原告代理人事務所が大阪に存すること以外には始んど見当らない。

そうすると、本件を当庁で審理することにより生ずる著しい損害と遅滞を避けるために本件を管轄権を有する浦和地方裁判所に移送する必要があるというべきである。

よつて、民訴法三一条により主文の通り決定する。

(井関正裕)

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